« あと 1 週間の辛抱 | トップページ | 有限 »

2005-10-24

地震研究所設立の由来

地震研究所の本館玄関のエレベーター横に次のような銅版の碑文がある。寺田寅彦によって撰せられたものらしい(撰せるって、文を選んだのか、自分で書いたのか良く分からない表現だけど、この文章に関しては後者かな)。この文章を載せた Web ページがなかったので、載せてみる。著作権が切れているはずなので、そのまま転載します。

明治廿四年濃尾地震の災害に鑑みて震災
豫防調査會が設立され、我邦における地震
學の研究が漸く其緒に就いた大正十二年
帝都並に關東地方を脅かした大地震の災
禍は更に痛切に日本に於ける地震學の基
礎的研究の必要を啓示するものであった。
この天啓に促がされて設置されたのが當
東京帝國大學附属地震研究所である。創立
の際専らその事に盡瘁した者は後に本所
最初の所長事務取扱の職に當った工學博
士末廣恭二であった。その熱誠は時の當大
學聰長古在由直を動かし、その有力なる後
援と文部省當局の支持とによって遂に本
所の設立を見るに至ったのが大正十四年
十一月十三日であった。本所永遠の使命と
する所は地震に關する諸現象の科學的研
究と直接又は間接に地震に起因する災害
の豫防並に輕減方策の探求とである。この
使命こそは本所の門に出入する者の日夜
心肝に銘じて忘るべからざるものである。

昭和十年十一月十三日 地震研究所

最後の 2 文は、ずっしりと重みを感じます。地震研究所にお越しの際はぜひこの銅版の碑文を読んでみてください。

|

« あと 1 週間の辛抱 | トップページ | 有限 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/19658/6549623

この記事へのトラックバック一覧です: 地震研究所設立の由来:

« あと 1 週間の辛抱 | トップページ | 有限 »