科学には疑うことが必要
ちょっと抽象的な話を。
どうもこのところ地震学の世界では 1 つ有力な説が出るとみんなそれに乗っかってしまっているような気がする。自分も含めて。こんなことは近年特有の現象じゃないだろうか。昔なら、例えばプレートテクトニクスが出たときには、疑う人は多くいた(らしい)。しかし、支持する人は支持しない人達にきちんと証拠を提示してきた。それが功を奏し、プレートテクトニクスが確固たるものになった(と理解している)。
つまり、言いたいのは、どんな説にしても、疑う人がいなければ、その説を固めるのは難しいんじゃないか、ということ。議論のためでも良いから(心の中では支持していても良いから)、疑いの声を上げる人が必要なのではないだろうか。
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